<環境技術展望> 

今、なぜ環境ソフトか!
21世紀は環境と情報の時代〜
 (verison2)

青山 貞一 環境総合研究所長
初出 「環境技術」 2000年2月号 Vol 29
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■はじめに 「秒進分歩」のハードウェア

 
この20年間、環境シミュレーションを支援するコンピュータ、とくにパーソナルコンピュータ(PC)のハードウェアの技術進歩にはすさまじいものがある。まさに日進月歩ならぬ「秒進分歩」の勢いである。

 ちなみに、環境総合研究所が1991年の湾岸戦争時、ペルシャ湾へ流出した原油がその後どう流れるについて予測するためシミュレーションを行った。その際に、どうしても高速のコンピュータが必要となり、沖電気からいわゆる学術割引で当時最新鋭のUNIXマシンを導入した。

   環境総合研究所自主調査研究、湾岸戦争の地球環境への影響、1991

 沖電気から導入したUNIXマシン(ワークステーション)は、表1の最下段にあるように、当時インテル社の最新最速のRISCチップ、i860(60Mhz)を使ったワークステーションだった。300万円したこのいわばスーパーパソコンの速度、科学技術演算速度(倍精度浮動小数点演算)は10Mflopsだった。そのコンピュータで3次元流体モデルによる潮流シミュレーションや大気拡散シミュレーションを行った。

 それから10年、今では10万円そこそこのパソコンが、当時300万円もしたUNIXマシンの実に30倍近い、270Mflopsの速度を達成している。これはまさに驚異である。しかも、パソコンの速度とメモリー規模は止まるところを知らない。

 かつてつくばの国立研究所や旧帝大などの大学にある大型汎用コンピュータやスーパーコンでしかできなかった高度、複雑なシミュレーションは、今や卓上のパソコンで十分可能な時代となったのである。もちろん、ソフトウェアーあってのハードであることは言うまでもない。いくらパソコンが高速になっても、ソフトがなければただの箱である。

表1 コンピュータ(CPU)別の倍精度浮動小数点演算速度比較
CPU (clock Mhz) コンピュータの種類、価格 コンパイラ Mflops Memory(Mb) 年度
i486DX(25) パソコン、定価46万円 MS-Fortran 0.48 1 1990年段階
i486DX2(66) パソコン、定価35万円 MS-Fortran 1.23 1
i486DX2(66) パソコン、定価18万円 Fortran PowerStation 4 16 1993年段階
PentiumMMX(200) パソコン Fortran PowerStation 14 64 1997年段階
K6(200) パソコン Fortran PowerStation 18 128 1997年段階
Pentium4(1.5GHz) パソコン、実売価格8万円 Fortran PowerStation 270 512 2002年段階
Pentium4(2.5GHz) パソコン、実売価格10万円 Fortran PowerStation 350 1024 2003年段階
i860(60) Risc ワークステーション、学術割引300万円 Fortran (Unix) 10 256 1991年段階
出典:環境総合研究所によるlimpack testより


 
「秒進分歩」なのは、コンピュータだけではない。データ通信、とくにインターネットもこの間飛躍的発展をなした。
 
たとえば、ADSLなどブロードバンドインターネットの環境が家庭でも簡単、廉価に使用できる時代となったことで、環境に関連する高度なシミュレーションや調査、解析の結果をフルカラーで情報提供することも容易となった。
 ちなみに
ADSLとは非対称ディジタル加入者線(Asymmetric Digital SubscriberLine)の略で、既存の電話回線で高速通信を実現する技術である。利用者端末で送信と受信の圧倒的な通信量の違いに着目し、受信速度を送信速度に比べ高速化している。「非対象」は送受信速度
が非対称であることを意味する。

コミュニケーションツールとしての環境ソフト
 
 21世紀は環境の時代と言われている。同時に21世紀は高速インターネットと高度機能パソコンが家庭や職場のすみずみまで常備品となる時代でもある。
 21世紀には、高度情報化のなかで
市民、企業、行政、いかなる主体も、環境問題への適切な対応が肝心となる。対応をひとつまちがえば、国、自治体などの行政機関はもとより、巨大企業と言えども隘路に入ることになる。逆説すれば、いちはやくいかに必要な情報を入手するかが重要なものとなる。これはたとえば、企業の場合、工場事業所の立地を巡る環境アセスや公害規制で重要なだけでなく、操業、稼働にともなうPRTR対応、ISO対応、地域社会とのリスクを巡るコミュニケーションなど、日常的な環境管理においても重要なものとなろであろう。
 わが国でも米国に30年以上遅れて国の情報公開法が制定され、2000年4月から施行された。化学物質管理法(PRTR法)も2000年から施行された。今後、制度、実態を問わず環境情報の公開、提供が進めば、職場や業務のみでなく、地域社会や家庭、大学や高等学校の教育現場でも環境情報をいち早く入手したり、自ら調査、予測、解析、評価するための環境ソフトやネットワークをいかに使いこなすかも大切なものとなる。
 その意味で21世紀には、環境情報の入手や解析、評価に関連したソフトウェアの社会的有用性が高まるだろう。しかも、それは今までのように一部の専門家や研究者、行政関係者だけでなく、地域や家庭、職場においても重要性が増すことになる。
 このように環境に配慮した政策や計画の立案、企業戦略づくり、また地域のまちづくりに対応した代替案の評価と選択のために、また関係者相互が有機的に交流するための「コミュニケーション・ツール」として、環境ソフトや情報システムが有用となる時代が到来するはずだ。


政策提言支援ツールとしての環境ソフト

 
このような時代変化にいかに情報システム、ソフト、ネットワークが対応するかが大きな課題となる

 たとえば、今後は、従来のように国民、市民、住民団体、NGO、学生らが環境情報の単なる受け手、もらい手としてではなく、環境情報システム、環境ソフトをホームページ上で使いこなし行政や事業者が整備したデータを集計、解析、分析、評価する。さらに一歩進んでホームページ上で高度な環境影響の予測や環境管理のためのシミュレーションを行い、自分たちのホームページに掲載する。さらに、それらをもとに報告書を作成し、立法、司法、行政、事業者らに政策提言すると言った能動的な環境情報の活用が実現するかもしれない。

 環境総合研究所では、設立以来、環境情報システムや環境ソフトの役割を「コミュニケーションツール」及び「政策提言支援ツール」に位置づけ研究開発に励んできた。

 今後のひとつの重要な方向としては、従来、MS-DOS→Windowsで稼働させてきた各種環境情報システム、環境ソフトウェアを、インターネットのホームページ上で誰でもが利活用できるようにすることがある。こういうと一見簡単なように思える。しかし、Windows上で稼働するソフトと同じ利用環境、機能をWEB上で得るのはそれほど容易なことではない。しかし、もしこのネットワークシステムが実現すれば、夢のようなことが出来ることになる。

 たとえば、高速パソコンとADSLインターネットがあれば、自宅の書斎で日本の平均的なコンサルタントやシンクタンク、さらには国立公立研究機関級のの情報処理、解析、シミュレーション、評価や、それらの報告書、論文、パワーポイント化も可能になる。また大学の環境科学や土木工学の授業や演習で学生や大学院生が環境総合研究所が研究開発し使ってきた情報システムやソフトを自由に使えることになる。

 
これは決して夢物語ではない。

図  高速パソコンと高速インターネットでつくる21世紀の環境情報シス
 
      出典及びcopyright  環境総合研究所
        
■環境ソフトの新ニーズ

 
以下、環境影響シミュレーション、環境モニタリング、環境計画策定支援などに関連する環境ソフトの新たなニーズについて展望する。以下では、一部のシステムを除き、インターネット環境と情報システム、環境ソフトとの有機的連携についてはふれていない。しかし、以下に示す内容は早晩、ホームページ上で可能となるはずである。、
 
(1)環境アセスメントのスコーピング支援
 環境アセスソフトは、岐路にさしかかっている。環境アセス法が制定され、スコーピング(方法書)手続が導入された。スコーピングのやり方如何によっては、従来のような定番メニューのアセスから脱却し、多様な環境影響の調査、予測、把握、事後モニタリングが可能となるはずだ。スコーピングは国の法律だけでなく、順次都道府県、政令指定都市などの制度でも手続化されてゆくものと考えられる。そこでは当然のこととして、従来の技術的にみると20〜30年前の水準にある環境アセスから地域自然的、社会的条件、ニーズに対応、適合した調査、予測、評価を支援す環境シミュレーションの役割、機能、可能性もでてくるはずだ。したがって、この「スコーピング」を支援する環境アセスソフトがあってもよい。

(2)計画アセス、戦略アセス支援
 環境アセスソフトは、法、条例などのもとで行われる制度アセスとは別に、政策、構想、基本計画など行政計画や法定計画の立案の早期段階で行うアセスがありうる。いわゆる計画アセス、戦略アセス、総合アセスである。ここでも環境ソフトの利用価値は大いにあるはずである。そこでは、地域社会の社会経済的、自然環境的な諸条件を考慮した代替案の立案やその絞り込みにも環境シミュレーションなどのソフトは有効なはずである。計画の早期段階であれば環境影響の精緻な予測や絶対評価より、ある程度ラフであっても代替案毎の相対評価を行うことの意味が高くなるからである。またこの段階では、環境的価値と社会経済的な価値との間での総合評価や二律背反(トレードオフ)な関係を調整するためにシミュレーションが威力を発揮できる。私も3年間かかわった環境庁の「計画段階の環境影響評価に係る技法開発」では、計画アセスに有効なさまざまな手法、技法のアイディアが検討された。当時はパソコンモない時代であり、対話型の計画アセス支援ソフトの開発も困難だった。しかし、これからは計画アセス分野は、PCによる対話型ソフトの独壇場となるはずである。

(3)環境計画立案支援
 自治体の環境管理計画、環境基本計画、アジェンダ21、自動車公害防止計画など、いわゆる環境計画の策定過程、また自治体が住民参加で立案する環境に配慮した基本構想、総合計画、土地利用計画、都市計画でも環境シミュレーションは有効なはずである。自治体や複数自治体の広域地域の道路ネットワークを対象に、大気汚染や騒音のシミュレーションを行うことや、自治体内あるは複数の自治体にまたがる河川、湖沼、内湾を対象に水質汚濁のシミュレーションを行うことがは以前からあった。しかし、パソコンがもつ計算速度や記憶容量の飛躍的増加拡大により、かりの精度を保ちながら広い範囲をでシミュレーションを行うことが容易となってきた。これにより、シミュレーションを生かした政策や計画の代替案作成やその相互評価が一段と容易となってくるはずだ。また排出量レベルでも、自治体さらには個々の世帯で二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスやエネルギー消費の総量を自動集計する環境ソフトをさらに一歩進め、インターネット上でいかにしてCO2を削減するかについて議論するのもよいだろう。環境総研では、過去、20以上の中小自治体の環境計画、自動車公害防止計画の策定支援において、パソコンレベルでの対話型環境シミュレーションを現場の職員との間で数多く試み、多くの成果を上げてきた。シミュレーションは、政策、計画の変更に柔軟、敏速に対応することが命である。その意味で高度化、複雑化する社会システムにあって、対話型の環境シミュレ−ションソフトへのニーズは高まる一方であると思われる。

自治体の環境計画、総合計画の中での環境シミュレーションの役割(道路交通騒音の例)



(4)3次元流体モデルの援用
 従来の環境アセス、たとえば大気汚染濃度の拡散シミュレーションでは、地形や建築物、構造物や森林などを考慮しない正規プリュームモデル、パフモデルが国、自治体、公団などで広く使われてきた。しかし、廃棄物の焼却施設からの排ガスのシミュレーションでは、対象となる施設の多くは、山間地など地形が複雑な地域に立地されている。処分場でもそうだ。このような場合、従来国、自治体が全国一律に使ってきたプリュームモデルは現実に即した予測できない。予測結果は、通常著しく過小評価となることが多い。これは大都市内に計画される幹線道路のアセスでも同じである。高層ビルが林立する谷間を高架の都市高速道路が計画される場合、今までのモデルでは何を予測しているか分からなくなる。パーソナルコンピュータの高速化と容量の巨大化によって、運動方程式を差分法をつかって近似解を求める3次元の流体力学モデルの出番となった。これにより高額な風洞実験やスーパーコンピュータに頼ることなく現実に近い高度なシミュレーションが可能となる。環境総研では、海洋での潮流予測はもとより、ビルが林立する大都市内での道路大気汚染削減対策、山間地など複雑な地形をもった地域に立地される廃棄物の焼却施設や最終処分場を対象に、ダイオキシン、重金属、大気汚染などの拡散シミュレーションを数多くてがけている。


複雑な地形下での高精度な大気汚染・有害化学物質の拡散予測



(5)GIS・GPSとの連動
 地理情報システム(GIS)と環境シミュレーション、モニタリングとの有機的連動も重要なテーマである。現在その種のシステムの研究開発がすすめられている。環境シミュレーションや環境モニタリングは、入り口から出口まで地理と密接に関係している。従来は、データ作成では、その都度、大型デジタイザー上に地図をおき、海洋地形データ作成でもデジタイザー上の海図から水深データをサンプリングし、スプライン補間により3次元データを作成してきた。またシミュレーションやモニタリング結果の地理的表示についても同様にその都度、縮尺を合わせ、発生源や濃度データを地理表示してきた。同様に、自然環境系のデータマッピングや植物、動物等の生息域の面積計算についても従来かなりの手間がかかっていた。今後、GISと環境ソフトが有機的に連携し出せば、上述の作業に要する時間は大幅に短縮することになり、環境シミュレーション、モニタリング本来の作業にエネルギーを投入することができるようになる。さらに、複数の衛星を使って現在の正確な位置、高度を示すGPSとGISを連度させることにより、山間地などでの植物、動物生息調査の効率が飛躍的に向上するシステムの開発も実用段階にある。また海洋上のブイと無線により通信することにより、風向、風速、水温、潮流の向き、流速などをGIS上に位置とともにリアルタイム表示させるシステムも容易となっている。 

(6)インターネットGISとの連動
 インターネット上の地理情報システム(GIS)、すなわちインターネットGISと環境シミュレーション、モニタリングソフトが有機的に連動することも重要かつ緊急のテーマである。たとえば多くのひとびとに現地調査した結果をホームページ上のGISからデータを入力可能してもらい、自動集計、解析した結果をホームページ上に逐次表示するなど、対話型あるいは住民参加型の環境調査の新たな手法としてもきわめて意義がある。また環境総合研究所がナホトカ号座礁時の原油の漂流シミュレーションで行ったように、流体モデルによるシミュレーション結果を時々刻々、WWW化することにより、いち早い現地対応が可能となると言った大きなメリットも生まれる可能性をもっている。

(7)環境モニタリング支援
 環境アセス法では事後調査、環境モニタリングが含まれるようになった。東京都などの自治体のアセス制度では以前から入っていたところもある。この環境モニタリングでも環境解析に関連し、環境情報システムの必要性は高い。たとえば、環境モニタリングによって集められたデータを自動集計、解析し、地域環境の現況を再現、表示するとか、環境アセスの予測結果をチェックするするために環境ソフトを使うこともある。また、点在する実測データをもとに、地域全体の濃度分布などを再現する補間、シミュレーションソフトもそのひとつである。さらにそれらを一歩進め、常設の環境測定局あるいは環境モニタリングのために設置した移動測定局から電話回線等を使って基地局に順次送られてくるデータを即座に集計、解析し、シミュレーションと組み合わせることにより、地域環境の現況をリアルタイムで住民、行政、事業者にホームページ上で知らせる情報システムも考えられる。環境総合研究所では、東京都板橋区、千葉県市川市からの依頼でリアルタイム大気モニタリングシステムを開発し、インターネットGIS上で住民に情報提供している

2次元スプライン補間ソフトを使って解析した松葉ダイオキシン濃度分布


(8)住民アセス支援
 住民アセス、代替アセス、平行アセスなど、名称こそさまざまだが、地域住民、環境NGOを側面、背後から技術・専門的に支援する環境アドボカシーも環境アセスソフトの重要な利用分野である。さらに、一歩進んで住民団体が自ら必要な関連データを現地調査や行政、事業者からの情報提供や情報開示により収集し、インターネットのホームページ上で収集したデータを入力する。さらにモデル、パラメータ、データを一部変え、感度分析する。これにより事業者のアセス準備書の内容をクロスチェックすると言った「市民のためのオンライン・環境アセス・セルフサービス」が利用可能な時代もすぐそこに来ている。

恵比寿ガーデンプレイス都市再開発事業における住民支援環境アセス



(9)リスクアセス・PRTR支援
 昨年夏、日本でも化学物質管理法(PRTR法)が制定された。欧州各国ではPRTR、米国ではTRI(Toxicity Release Inventory)と呼ばれるこの制度では、最終的に工場、事業所単位で保有、排出、移動する指定化学物質の量やそのリスクなどを求めに応じて社会に情報提供する。わが国では現在、MSDSとPRTRを結びつけるデータベースソフト開発が盛んだ。また日本では当面、工場、事業所の単位ではなく地域単位の有害化学物質の排出量の情報提供から出発するようだが、欧米では個別の工場、事業所単位の種類別化学物質の排出量を専門家やNGOが自分達のインターネットのホームページで排出データをもとにその濃度をシミュレーションし、リスクをGIS上で評価し、公表しているものまである。
 また、工場、事業所などのいわば点源に対し、道路や土地利用など非点源(線源、面源など)からの有害化学物質の拡散を行い、リスクを評価することも考えられる。下図は、東京23区の数1000本の道路を対象に行った有害化学物質濃度のシミュレーションである。
 今後、日本でも同様の流れがでてくるだろう。有害化学物質のリスクをアセスするための環境ソフトのニーズも高まるものと思われる。

東京23区の道路上を走行する自動車からのガスの濃度推定(非点源PRTR)



(10)緊急時災害時支援

 地震や災害によって有害化学物質が環境に漏洩したり、日本海におけるナホトカ号座礁時により有害物質が海を漂流するなど、緊急・災害時の環境シミュレーションも重要な環境ソフトの利用分野となるだろう。インターネット全盛時代にあって、リアルタイムで環境シミュレーション結果をホームページ上に自動転載し情報提供することも可能である。環境行政分野ではないかも知れないが、茨城県東海村の原子力関連施設から放射能、放射線が漏洩した後の気象条件、地形条件を考慮した緊急・災害時の環境シミュレーションに類するニーズは高い。


日本海でのナホトカ号座礁時の油塊シミュレーション



環境ソフトの社会化に向けて

 以上、環境ソフトの新たなニーズを「技術展望」してきた。
 今の日本社会に必要とされることは、環境シミュレーションを一部の事業者や専門家の専管事項とさせないためのソフトの研究と開発である。そのためには、技術と社会、定量と定性、事業者と住民団体の双方に関心を寄せるひとびとが、環境ソフトの研究と開発を手がけることだと思う。


環境総合研究所の主な環境ソフト紹介

       青山貞一 環境総合研究所所長
          鷹取 敦 環境総合研究所主任研究員

         初出  環境技術 2000年2月号 Vol 29
                 


 
 
 ここでは、環境総合研究所(ERI)がパソコンをベースに研究開発し、業務及び非営利活動に活用している環境調査、環境シミュレーション、環境モニタリングに関連する主な環境情報システムを以下に紹介する。

高精度航空機騒音シミュレーションシステム SUPER NOISE(A)

 日本の多くの地方空港では自治体の環境部局が公害防止や環境保全の観点から航空機騒音の計測などの実態調査を行うだけでなく、空港の管理運営を所管する空港管理部局が事業者の立場から、実態調査や予測調査を行っている。だが、空港周辺に居住する住民にとって見れば、両者は部署は違っても同じ県知事のもとで仕事を行っている空港管理者(行政)の立場であることには変わりない。すなわち、いずれの「実態調査」も第三者性に欠けるものであるとして調査の方法や結果に確たる信頼が得られないのが現状であり、地域紛争に発展するものもある。
 ERIでは、住民と行政の双方からの意向を受け、今まで多くの地方空港において自主開発した30台に及ぶ超小型PCと連動したディジタル騒音計と航空機の飛行経路を3次元計測するPC利用のプロファイル追跡システムによる現地測定、さらにそれによって得られた騒音レベル、飛行経路データを元にやはり自主開発の航空機騒音シミュレーションシステム(SUPER NOISE(A))による現況騒音再現シミュレーションと現況再現で得られた各種パラメータをもととにした滑走路延長、飛行スケジュール変更、新機種導入などに対応した騒音予測、WECPNL評価などを行ってきた。調査の概要及び手順は概ね以下の通りである。調査の各段階でパソコンを用いた専用システムの開発を行い、調査精度、データ処理速度および費用対効果の向上を図っている。


図−1 空港周辺における高精度航空機騒音シミュレーションの概要
調査項目・内容 調査の方法、使用システム・ソフト等
SUPER NOISE MONITOR(A), SUPER PROFILE
航空機騒音実態調査
 ・騒音測定
 ・飛行経路測定
 ・気象測定
(連続した7日間の実態調査、季節毎に実施)
・・・ 30台のディジタル騒音計と超小型PCによる現地リアルタイム騒音測定
・・・ 騒音測定に連動したPC利用の3次元飛行プロファイル現地測定
・・・ PCを併用した調査期間中の現地自動気象記録
現況再現シミュレーション調査
 ・騒音データ解析
 ・現況コンター作成
SUPER NOISE(A)
・・・ 騒音実測値と飛行経路データを用いた航空機騒音特性の解析
・・・ 現況の年間平均騒音コンター(等高線)の作成
将来予測シミュレーション調査
 ・将来予測コンター作成
SUPER NOISE(A)
・・・ 将来の運航スケジュール、使用機種の代替案に対応した
将来予測騒音コンターの作成
周辺住民への説明会
 ・調査結果の説明
・・・ 現況調査、将来予測調査結果の周辺住民説明会への対応


リアルタイム大気拡散シミュレーションシステム SUPER AIR MONITOR

 日本の自治体では、常時監視測定局にて測定した大気汚染の1時間データを、翌年の夏ごろになり「前年度の大気汚染状況の速報値(月間値や年平均値)」として公表している。一部には、人通りの多い駅前の電光掲示板などで「ただいまの大気汚染濃度」を数値で表示したり、稀にはパソコン通信やインターネットによりリアルタイムに近いかたちで「速報値」が公表されている例も見られる。
 しかし、いずれの場合も0.03ppmといった測定局ごとの数値による情報提供であるため、一般市民や、喘息患者など大気汚染による影響を受けやすい市民、さらには環境部局以外の部署や知事・市長などの意思決定者にとって極めてわかりずらい不親切な情報提供となっており、結果的に膨大な設置費、管理を投入して測定しているデーが有効に活用されていない実態がある。地域の大気汚染の実態をわかりやすく伝え、対策への理解と協力を求めるためには、即地情報として大気汚染の分布を地図上にグラフィックスで示すことが不可欠である。
 そこで、ERIでは大気拡散シミュレーション、ネットワーク、GIS、データベースなどの各技術を有機的に統合し、自動車排ガスからの影響を含めリアルタイムに大気汚染濃度分布をシミュレーションするシステム「SUPER MONITOR」を開発し、詳細な大気汚染濃度マップを1時間単位に自治体のホームページに自動提供するシステムを導入してた。
 1996年6月には板橋区の委託により環境提供システム「かんきょうくん」上での情報提供を実現し、1999年7月には通産省の補助事業の一貫として市川市において、インターネットおよびキオスク端末による情報提供を実現している。

 
関連情報→ 大気環境監視システム


図−2 リアルタイム大気拡散シミュレーションシステムの概要


板橋区(東京都)システム名:「かんきょうくん」
担当部署:環境保全課、エコポリスセンター
提供手段:区役所1階ロビータッチパネル、エコポリスセンター、インターネット
経   過:1996(平成8)年度 6/10 板橋区役所1階ロビーにて情報提供開始
1999(平成11)年度 板橋区エコポリスセンターにて情報提供開始
  インターネットによる情報提供開始

市川市(千葉県)-通産省 地域総合情報化支援システム整備事業(情報化街づくり推進事業)-
システム名:「市川市360+5情報サポートセンターシステム」
担当部署:企画課(現 情報システム課)、環境保全課
提供手段:公共施設内KIOSK、コンビニKIOSK、インターネット
経   過:1998(平成10)年度 システム構築事業
      1999(平成11)年度 (9月〜)実証実験事業


図−3 市川市の事例(実証実験中)



3次元流体シミュレーションシステム SUPER AIR3D

 これまで、廃棄物の最終処分場周辺では、埋め立てている焼却灰や飛灰の再浮遊や飛散は「一切あり得ない」という事業者側の一方的な判断から環境アセスや生活環境影響調査では、その環境影響や健康リスクは全く考慮されてこなかったと言える。
 ERIでは、ダイオキシン類に関連する自主研究の一環として、東京都多摩地区の市町村の焼却灰や飛灰が長年にわたって埋立処分されてきた谷戸沢処分場周辺への焼却灰・飛灰の再浮遊・飛散の可能性を推定するため、PCベースの差分法による3次元流体シミュレーションシステムを用い、環境影響の予測と評価を試みた。図−4にその一部を示す。また、市民団体からの同シミュレーション結果を検証するため、土壌中のダイオキシン類濃度の測定分析についても行い、我が国で初めて一般廃棄物最終処分場に処分された焼却灰・飛灰に含まれるダイオキシン類の再浮遊及び周辺への飛散について実証した。

 関連情報→廃棄物最終処分場からの焼却灰飛散予測


図−4 最終処分場から周辺地域へ飛散シミュレーションによる検討結果の例


 一方、図−5は、複雑な地形をもった地域に複雑な構造を持った幹線道路を建設する場合の大気汚染の3次元の流体シミュレーションの例である。従来、数1000万円の費用をかけ風洞実験でしか行えなかったこの種の高度はシミュレーションが、パソコンレベルでも可能となってきた。

図−5 複雑地形における幹線道路の大気汚染影響シミュレーション


 図ー6は、神奈川県厚木基地に隣接する産廃焼却施設からのダイオキシン汚染
の3次元流体拡散シミュレーションである。図は年平均濃度として工場周辺のダイオキシン類濃度を表示している。このシミュレーションでは、地形、建築物、構造物などを詳細に考慮している。 

 関連情報→環境濃度から排ガス濃度を推定するための調査



図ー6 神奈川県厚木基地に隣接する産廃焼却施設からのダイオキシン汚染
の拡散シミュレーション(年平均濃度)
 



恵比寿ガーデンプレース住民アセス支援システム EIA ADVOCACY SYSTEM

 東京都における今世紀最後の大規模再開発事業と言われた「サッポロビール恵比寿工場跡地再開発事業」(恵比寿ガーデンプレイス開発事業)では、東京都のアセス条例に基づき実施された事業アセスで見過ごされた環境影響を地元NGOである恵比寿三丁目環境対策協議会の上田明会長が「住民アセス」としてERIに依頼してきた。いわばスコープされた項目を対象にERでは住民アセスを実施するとともに、工事中から供用後まで5年にわたり、事後環境調査を実施した。
 住民アセスの現況調査や総合事後調査では、騒音・振動・気象の各測定にてノートPCとセンサーを組み合わせた携帯測定・データロガ・、集計・解析の総合システムを開発し利用した。また住民アセスの現況再現及び将来予測シミュレーションではERIが独自開発し自治体等に有償提供しているPCベースの各種シミュレーション、解析のためシステム(大気:SUPER AIR, SUPER HIWAY、騒音:SUPER NOISE(H), SUPER NOISE(P)、解析:SUPER SPLINE)等の環境アセスソフトを活用し短期間のうちに報告書を作成することができたた。
 さらに、事後モニタリングでは、市民環境測定局を常設し、大気(NO、NO2,NOx、CO2、SPM)、気象(風向、風速等)のセンサーからのデータをA/D後、パソコン通信を用いE−NET(全国規模の環境情報パソコン通信ネットワーク)に転送し、リアルタイムに大気汚染情報を地域住民、事業者、関係する行政機関に提供するシステムを開発、運用した。これは大気汚染、気象など環境アセスのモニタリングデータを1時間単位に情報提供するシステムとしてはわが国では先駆的な事例である。なかでも大都市内部の1時間毎のCO2濃度データのリアルタイム公開は世界でもあまりないものと思われる。

 
関連情報→自動車排ガス大気拡散ソフト
 関連情報→道路交通騒音予測ソフト


図−6 住民アセスにおける環境シミュレーションシステムの概要


図-7 恵比寿ガーデンプレース住民アセス支援システム



環境計画支援支援システム 
ENVIORNMENTAL PLANNING ASSISTED SYSTEM

 ERIでは、これまで川崎市、横浜市をはじめ20自治体の環境計画の立案を支援している。計画立案に先立って実施する基礎調査では、大気、騒音、水質、廃棄物、二酸化炭素、緑被率など主要な環境項目についての現況再現シミュレーションや予測シミュレーションを実施、計画立案に役立てている。計画策定後は、計画の普及推進や進行管理を支援するための情報システムの構築・導入をサポートした例もある。静岡市では毎年、データの更新、人事異動に伴う再研修、システムのバージョンアップおよび運用上のコンサルテーションのための契約を行っており、「静岡市環境プラン」の(平成6年3月策定)運用におけるのみならず、開発案件の評価(スコーピング)等、日常の環境行政に役立てている。

図−8 環境計画と環境シミュレーションシステム


図−9 東京臨海副都心を対象とした道路ネットワークの大気シミュレーション例
      (本事例は、ERIの自主研究)




3次元景観定量評価表示システム SUPER VIEW3D

 これまで環境影響評価では景観の評価は写真の合成によって行われてきた。しかし、景観は多分に主観的な要素を含み、環境影響評価書においては最終的に事業者側の立場にたった主観的な記述によって評価されてきた。ERIが開発した定量的景観評価システム(SUPER VIEW3D)では、ゴルフ場や宅地開発により景観影響を与える「量」(=面積)の定量的な評価を実現している。これは任意の景観評価ポイントをメッシュ地図上に複数設定し、そのポイントから造成面が見えるかそれとも見えないかの可視分析を行うものである。定量的景観評価システム(SUPER VIEW3D)は、通常の写真合成やモンタージュによる評価と合わせ、定量的な評価を行うことによってより客観性をもった総合的な評価を行うためのツールである。

  関連情報→ 3次元景観定量解析ソフト


図−10 定量的景観評価の例



3次元地質解析表示データベース SUPER GEO

 地質・土質の現状を把握・解析する方法としてボーリング柱状データを活用する方法がある。膨大な量のボーリン柱状データグもそのままでは非常に利用が難しい。また、地下水汚染等が生じた場合にその発生源や原因を推定するのはさらに難しい。環境総合研究所が名古屋市、静岡市から依頼をうけ研究開発した地質・土質データベース(SUPER GEO)は、地域に蓄積されたボーリング柱状データを地理情報として3次元データベース化することにより、任意の断面の地質・土質を取り出したり、任意の深さの地質・土質を平面的に表示することが可能である。さらには複数の井戸の地下水位データをスプライン補間システム(SUPE SPLINE)により面的に展開し、地質、土質データと重ね合わせ表示することにより、地下水汚染の流れを推定したり・地盤沈下対策に役立てることを可能とするシステムである。


図−11  3次元地質土質解析表示システムの表示例


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