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週刊金曜日 2002年1月25日号

「住民訴訟」制度が崩壊の剣が峰に
改正案が衆院を通過、参院では修正案を検討すべき

平野 真佐志
ジャーナリスト

 談合で私腹を肥した腐敗首長などを直接、住民が訴えることのできる「住民訴訟」は、「腐敗防止の特効薬」。だが、首長を訴えることを不可能にする改悪案が衆院を通過。
 そのうえ、審理に不可欠な公取委の談合企業「取調資料」が、住民に提供されなくなることも判明した。
 これではいくら談合が摘発されようとも、政府が逃げ道を用意していることになる。


 公金を不正支出するなどした腐敗首長を住民が直接、損害賠償請求できる「住民訴訟」制度が、剣が峰に立たされている。首長を直接訴えることを不可能にする改悪案(地方自治法改正案の一部として提案)が、先の国会で与党三党、自由党の賛成で衆議院を通過、残すは参議院での審議のみ。今国会で成立しかねない危機的状況にある。

 この制度は首長などの腐敗を防ぐ最後の「抑止力」でもある。国民的議論も全くないまま無残に葬り去られかねない。談合などで身に覚えのある腐敗首長らが一日千秋の思いで成立を待ちわびる顔が目に浮かぶようだ。

 改悪案の概要は

@不正な公金支出をした首長、議員、談合企業などに対し、現行のように『自治体にその金額を賠償しなさい』と住民が直接訴える(個人を被告にする)ことができなくなり、自治体を相手にしてしか訴えられなくなる(第一弾訴訟)
A損害を被った自治体が、加害者である首長を税金で弁護し(泥棒の弁護士費用を被害者が払うに等しい)、結果的に(被害者同士の)住民と自治体とが争う、という異常な形となる
B第一弾訴訟で住民が勝訴しても賠償は得られず、再度、首長を相手に自治体の代表監査委員が民事訴訟で賠償を求める(第二弾訴訟)という複雑怪奇な仕組みとし、最終決着まで計六回の裁判が必要になりかねない。途方もない経費と年月が必要で(自治体はすべて税金で賄う)、手弁当の住民は圧倒的に不利、事実上、提訴ができなくなる。

 新聞もこの案をやっと批判し始めたが、『産経新聞』「論点」(11月4日)はこの改悪の性格を的確に指摘している。「当事者(原告となる住民)が欲していないものを、お前のためだと押し付ける(総務省の)傲慢さには驚かされる」「この法改正は、自治体の首長や職員を被告の座につけたくないということ以外、他に合理的な説明はつかない。『萎縮』せずに思い切って違法支出するのを奨励するのでは困る」(元東京高裁判事の濱秀和弁護士)


●公取委の資料が提供不可能に

 衆院の審議で明らかになった最大の問題は、裁判で談合の立証に不可欠な公正取引委員会の談合企業「取調資料」が原告住民に提供されなくなる、という点である。これは、第一段訴訟(被告は自治体)が「代位訴訟ではなくなる」と総務省が言明したためである。自治体は本来、損害を被った場合、率先して首長個人に損賠を請求すべきだ。だが、その例はほとんど皆無で、住民が自治体に代わって住民訴訟を起こすため「代位訴訟」とも呼ばれる。公取委は、談合で企業を提訴した原告住民を「利害関係人」と位置付け、談合企業の資料を原告に提供している。しかし改悪案で、第一弾訴訟は単に「首長個人に損賠請求するよう自治体に求める」訴訟に貶められた。

 「利害関係人」でなくなり公取委の資料が提供されないことは、住民にとって大きな痛手である。調査手段をもたない住民にとって公取委の資料は談合の立証に不可欠。それがなくなれば、腐敗首長や談合企業が「証拠不十分」で灰色のまま゛無罪放免゛になるケースが今以上に増える。どうして「改正案で腐敗抑止効果がいささかも減退することはない」(総務省)のであろうか。

 また、総務省は「自治体が被告になると、解明のための資料が出やすくなる」という「珍説」を主張するが、厚生省のエイズ関連資料隠しのように、都合の悪い資料を積極的に出すはずもない。そもそも談合は職務、あるいは議決を経たものでない。闇の世界の仕業である。


●破産会社に血税を大盤振舞い

 また、審議では、゛改正゛の必要性について「組織の一員として議会の議決も経て行った職務でなぜ、個人が提訴されるのか。何億円もの賠償命令が出ると一家離散だ。しかも、財務会計上の問題でなく、政策判断が前面で争われる」という理由が強調された。一見もっともらしいが、被告側の視点に終始している。この主張がいかに歪曲したものであるか、下関市長を訴えた有名な「日韓高速船」訴訟を例に検証してみる。この訴訟が改悪の引き金になったともいわれている。

 広島高裁は2001年5月、判決で元自治官僚の前市長に3.4億円の賠償を命じた。経過は次の通り。下関市は90年、第三セクターで韓国・釜山を結ぶ「日韓高速船会社」を設立したが、当初から客が少なく、92年に運航を停止、96年に破産した。同市は94年、この高速船会社に議会の議決を経て、補正予算で8.4億円を補助金として交付した。

 事実関係は@交付時点で既に船の運行がストップしており、補助金を交付しても運行が再開される見込みが全くなかった。A市はそれ以前にも18億円も回収不能な投資をしていたB負債整理では、市は゛(資本参加していた)連帯保証人の企業に迷惑をかけられない゛として、市が負債を全部をかぶった。

 8.4億円の補助金をもらった高速船会社はそのうちの3.8億円を負債整理として金融機関に払った。残りは船を借りた会社への清算金に充てた。一審ではこれも違法で損賠対象とされた。

 判決では、「連帯保証人は、全面的に支払い義務を負う。企業家なら当然、承知の事柄。しかも、この船会社に取締役を派遣していた6社は十分な資力があり、負担してもいい、と発言した取締役もいた。応分の負担を求めるのは当然なのにそれを怠り、交渉もせず、また、金融機関に減額交渉をすれば一部弁済ですんだ可能性もある。この補助金交付に公益上の必要性はなく違法」と認定した。市民が全く利益を受けず、金融機関や参加企業の救済のためだけに膨大な額の補助金を大盤振舞い。しかもそれは市民の血税。納税者として「ふざけるな」と言いたい。そういう常識を追認した判決である。


●議決は免罪符でない
 民主党が修正案提出

 また、判決は「市議会でこの補助金支出が採択されたからといって財務会計行為の違法性がなくなるものでない」とも指摘、議決が免罪符にはならないと釘を刺している。結局、第三セクター会社の在り方という「政策」が争点ではなく、その破産処理での違法な公金支出が追及されたのである。住民訴訟で「財務会計上の違法がないのに固有の政策が争われたケースは一件もない」(衆院での参考人・福井秀夫法政大教授の陳述)の指摘どおりである。

 もし改悪され、被告が市長個人でなく自治体になったら、市長は裁判費用、資料作成など全部、自治体にお任せ。さほど痛痒を感じなくなるであろう。自治体の敗訴が最高裁で確定しても、市長に賠償させるには代表監査委員による民事訴訟(第二弾訴訟)が必要だ。確定までにはさらに年月がかかり、途中で自治体と市長個人が、微々たる額での「馴れ合い和解」することも十分ありうる。その際、住民は関与できない。きついお灸をすえることができず、腐敗抑止力が効かなくなる。それが最大の問題なのである。現行の住民訴訟だからこそ健全な自治体運営が保たれる。

 この改悪案に対し、賛成者も多数いた民主党は衆院での裁決直前にやっと反対で意思統一、修正案を出した。柱は@首長個人を被告とする形態を維持するA非管理職の職員は訴訟の対象外とするB被告が勝訴した場合のみ認められていた弁護士費用の自治体負担を「原告取り下げ」「裁判上の和解」「原告の請求放棄」にも拡大するC首長などの賠償額に上限を設定する―――。これでもなお不満を漏らす首長はよほど後ろめたいことがあるのだろう。この案を真摯に検討することが良識の府・参議院の義務である。

【本誌357号(2001年3月30日)、387号(同年11月9日)も参照】
ひらの まさし・ジャーナリスト                     


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