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2001年11月4日(日) 信濃毎日新聞 社説

“形がい化”が心配だ

 自治体の公金の使い方に違法性はないか、政策判断は妥当か―などを住民が自らただせる制度として住民訴訟がある。国会で審議中の地方自治法改正案は、そのチェック機能を弱めかねない内容を含む。多角的な論議を通じ、問題点を浮き彫りにするよう求めたい。

 住民訴訟はまず住民監査請求を行い、その結果に不服があれば起こすことができる。勝訴率は10%以下にとどまる。それでも訴えを通じ、行政のあり方に改善を迫る意味合いは軽くない。

 例えば、経営不振の第三セクターに支出した補助金や官官接待の費用は公益性を欠くとして、首長らに損害賠償を求める事例である。行政のなれ合いや腐敗を追及する“武器”の役割を果たしてきた。

 改正案の柱は、こうした損害賠償請求などの裁判の場合、住民が訴える相手方(被告)を首長や職員ら個人でなく、県や市町村という執行機関に改めることだ。

 訴訟も二段階に切り替える。最初に住民が自治体を相手に違法性を争う。住民勝訴の場合、こんどは監査委員が首長に対し賠償を求める。原因者が職員のときは首長が行う。

 問題の一つは、住民が個人の責任を直接問えなくなることだ。改正案がつくられた背景には、被告にされる精神的・経済的負担、日常業務への支障、職員が委縮しかねない―といった首長側の懸念があった。

 一理はあるにせよ、不正や違法行為があれば訴えられるのは民間でも変わらない。緊張感はむしろ、判断力を磨く。大所高所からの政策決定や情報公開が定着していれば、何も恐れる筋合いはないはずだ。

 二つ目として、今でも不利な住民の立場がさらに不利になりかねない。支出の妥当性を争点にするにも、その事実を知ること自体が容易でない。請求期限の壁にも直面する。

 加えて改正となれば、首長らの訴訟費用は税金から支払われる。組織的な対応が可能となる。どちらかといえば手弁当で当たる住民側は、ハンディがいっそう際立つ。

 もう一点挙げると、二段階方式への移行で裁判が長期化する心配が消えないことである。また、第二次訴訟はいわば行政の内部同士の争いとなることから、もたれ合いに陥る危険を否定しきれない。

 議会とは別の観点で、住民が行政を監視する役目は重い。そのハードルは低くしておく方がいい。地方分権の趣旨からも大切である。


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