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毎日新聞 記者の目 2001年11月14日

地方自治法改正案 時代に逆行する大改悪だ

行友弥(地方部)

 愛知県と名古屋市の上下水道工事談合で、落札企業などに損害賠償を求め勝訴した名古屋市民オンブズマンのメンバー。行政のゆがみを正す住民訴訟は貴重な武器だ=名古屋市内で9月7日

◇住民訴訟が骨抜きに

 「官官接待」など自治体の無駄遣い是正に大きな役割を果たしてきた住民訴訟制度が骨抜きにされようとしている。前国会から継続審議となっている地方自治法改正案が成立すれば、住民が首長らを直接、訴えられず、機関としての自治体を訴える仕組みに変わる。応訴費用に税金を充てられる自治体が優位に立ち、手弁当で闘う市民らの苦戦は必至だ。時代に逆行する大改悪と言わざるを得ない。

 現行の住民訴訟は、不当な公金支出などにかかわった首長や職員、業者を住民が自治体に代わって訴え、損害賠償させる。株主の代表が経営者を訴える株主代表訴訟の自治体版といえる。1948年に、やはり地方自治法改正で導入された。

 官官接待やカラ出張だけでなく、公共工事の落札価格が談合により不当につり上げられたとして、落札業者を訴える例も最近は増えている。総務省の外郭団体「自治総合センター」によると、99年度までの5年間に提訴され判決が出た584件のうち、住民側勝訴は6・3%の37件。福井秀夫・政策研究大学院大教授は「勝訴に近い和解を含めると1割超」と分析する。

 改正案では、住民訴訟を2段階に変える。まず住民が自治体に対し「あなた(自治体)は被害者なのだから、加害者(首長ら)に損害賠償を請求しなさい」という訴訟を起こす。住民側が勝訴すれば、今度は自治体が首長らを訴える。

 背景には「現行制度は個人の負担が重すぎる」という首長らの声があるそうだ。「多額の訴訟費用を負担し、退職後も裁判が続く。職務上のことで個人責任を追及されるのはつらい」と、総務省の担当者は代弁する。「実質的に政策の当否を問う訴訟が多く、政策判断が委縮する」ともいう。

 しかし、最終的に負ければ個人が賠償する点は同じだ。途中の訴訟費用が重いなら、総務省が音頭を取って、訴訟費用を立て替える共済制度でも作ればいい。

 福井教授は「政策判断の委縮も根拠にならない」と指摘する。公共事業そのものの是非など実質的な政策論を住民訴訟に持ち込んでも、財務会計上の不正を正すという制度の趣旨に合わないとして、ほとんどは退けられているからだ。

 首長らが怖がるのは山口県下関市のようなケース。同市は破たんした第三セクターのフェリー会社の借金を肩代わりするため、8億4500万円を支出した。98年6月の山口地裁判決は住民側の訴えを認め、元市長に全額を市に支払うよう命じた。今年5月に広島高裁で出た控訴審判決も3億4100万円に減額したが住民側勝訴だった。

 98年の1審判決は首長らの間に衝撃を広げ、住民訴訟脅威論が高まるきっかけになったという。しかし、これが「政策判断」だというなら、大いに委縮してもらっていい。行政の責任者として、その程度の緊張感を持つのは当然だ。

 総務省は「自治体が被告になれば内部資料などが証拠として提出され、説明責任が強まる」という妙な理屈も展開する。しかし、東京都の下水道設備談合をめぐる住民訴訟を担当する高橋利明弁護士は「第三者だからこそ、自治体も資料を出してくれる。被告になれば、不利な証拠を出すわけがない」と、一笑に付す。

 談合企業を直接訴えることもできなくなる。全国市民オンブズマン連絡会議の代表幹事を務める大川隆司弁護士は「本来は利害を同じくする住民と自治体が原告と被告として対立させられ、自治体が談合企業をかばう構図になる」と指摘する。税金を食い物にした企業を守るため、また税金が使われるのだ。

 これほど矛盾や問題点が多いのに、改正を強行しようとするのは、住民訴訟のハードルを高くしたいからとしか思えない。「役所のやることに口を出すな」というわけだ。

 「シビル・アクション」という米国映画がある。環境破壊に抗議する住民に、最初は金目当てだった弁護士が心を動かされ、最後は自分が破産するまで奔走する。実話だそうだ。「訴訟社会」と批判される米国だが、公正な社会を求め、市民が自ら行動を起こす気風は見習っていい。「法の実現」は役所の専売特許ではないはずだ。

 国会審議のカギを握る民主党には賛否両論あると聞く。同党のスローガンは「市民が主役」。その言葉にふさわしい結論を出してくれると信じたい。

メールアドレス kishanome@mbx.mainichi.co.jp
(毎日新聞2001年11月14日東京朝刊から)


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