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水銀学習会
「資源回収30年ー知られざる水銀処理の実態」

野村興産株式会社 取締役技術部長
鮎田文夫氏 講演録


水銀汚染検証市民委員会 主催

掲載 30 May. 2011


主催:水銀汚染検証市民委員会
日時:2011.5.13(金)19:00〜21:00 
場所:池袋勤労福祉会館
講演者:鮎田文夫氏(野村興産株式会社取締役技術部長) 

はじめに

  「資源回収30年・知られざる水銀処理の実態」と講演名になっていますが、そんなに重い話をする訳ではありません。30年以上水銀に携わっていますので、水銀のゆりかごから墓場までを体験してきました。ただし、内容の中には社外秘のデータ等もありますので、レジュメ等にはしませんでした。野村興産の概要、含水銀廃棄物処理と受入状況、水銀の出入状況、水銀輸出規制に向けて、の順に説明させて頂きます。

T.野村興産の概要

 野村興産のイトムカ鉱業所は北海道の留辺蘂町にあります。会社の前身は野村鉱業株式会社といい、野村證券等の野村グループの一社で、会社のマークも野村證券と同じです。旧財閥で鉱山を持っていないのが野村だけだったということから、野村としては鉱山開発をやりたかったのだと思います。

 1936年、大雪山入山者により水銀の大鉱床が発見され、1939年には野村鉱業株式会社によってイトムカ(アイヌ語で"光輝く水"の意)鉱山と名づけられて開発が始まりました。以後東洋一の水銀鉱山として生産を続けたわけですが、太平洋戦争中は軍需工場に指定されたためにとても豊かであったと聞いています。

 1950年代に入り水俣の問題が起き、水銀の価格が下がり、鉱石中の水銀品位も低下してきたので1971年には鉱山を閉鎖しました。この間に採掘した水銀の量は約4,000トンです。鉱山の歴史は非常に短いわけです。結局、これで野村鉱業は解散しましたが、イトムカ鉱業所の存在は留辺蘂町にとって一番大きい会社であったため、解散後もなにか事業を継続して欲しい、との要望が強かったようです。そのような訳で、1973年に野村興産鰍設立し、特に住民の反対もなく、すんなり水銀のリサイクル工場を始めることができました。

○苛性ソーダから乾電池へ
 
 イトムカ鉱業所として、水銀のリサイクル事業を始めたわけですが、開始してから10年間は、通産省の方針が出て、苛性ソーダの製法が、水銀法から隔膜法・イオン交換膜法などに転換する時期にあったため、苛性ソーダ工場出の廃棄物が主な処理物でした。
 
 その後、大きな転機が訪れたのは1983年に発行された「暮らしの手帳」に掲載されたアルカリ乾電池の水銀に関する記事でした。当時のアルカリ乾電池には1%程度の水銀が含まれていたのです。乾電池用途向けの水銀量も100tを超えていました。この記事が含水銀廃棄物として乾電池に目が向けられるようになったわけです。

 1985年10月には、国庫補助事業として(財)クリ−ン・ジャパン・センタ−と共同で水銀含有廃棄物再資源化実証プラントが竣工しました。市民の間では、デポジット制で(生産コストに処理費を上乗せして)処理すればよい、という話もありましたが、乾電池1本の販売価格は100円程度かも知れないが、工場を出るときは20円程度、そこに1円でも乗せることは大変なコスト負担になる。また、その他の家電製品にも波及して、大変な価格の上昇につながる可能性があるとして業界内で反対がおき、「水銀ゼロ使用乾電池」の研究開発に向かっていくことになったのです。そして、1991年に「水銀ゼロ使用」の乾電池が製品として出てきました。「ゼロ使用」とは、うまい言葉を使ったものだと思いました。つまり、「ゼロ使用」というのは水銀を意識して入れないけれども、不純物として入るかも知れない、ということを意味しているのです。

 このころ、乾電池工業会が福岡県の大学に依頼し、乾電池は埋めても安全だという試験を開始しました。小学校の卒業記念のタイムカプセルのようですが、去年か一昨年、(埋めた乾電池を)掘り起こしてみたのですが、水銀の溶出は問題視するほどでも無い、との結論を出したようです。乾電池は埋め立てられて腐食が進んでも、マンガンが二酸化マンガンとして残っていれば、それほど水銀は溶出しないのです。乾電池の分析時にこの点を理解していないと、水銀は入ってないという結果を出しかねないのです。

 そのころから一般廃棄物としての使用済み乾電池の入荷量が増えてきたため、1992年に当社は全国都市清掃会議から「使用済み乾電池の広域回収処理センター」に指定されることになりました。

○乾電池から蛍光灯

 乾電池の次は蛍光灯がリサイクルの対象となるだろうと考え、1980年代に処理研究を開始し、蛍光灯リサイクル施設の準備を進めました。1995年には、輸送コスト低減のためにリサイクル用蛍光灯破砕機を開発するとともに、破砕蛍光灯でも良質のカレットが回収できるプラントを完成させました。京都会議が開催された1998年には、蛍光灯リサイクルの成果が環境省より「地球温暖化対策貢献企業」として表彰されました。蛍光灯をリサイクルしてガラスをカレットとして回収し、カレットを原料にグラスウールが製造され、住宅用の断熱材として利用されると言う理由で、「風が吹けば桶屋が儲かる」的なものではありました。

 2004年には、蛍光灯の輸送費低減の目的で、西日本の分は大阪に工場を建設して処理することになりました。工場は尼崎に近い工場地帯でしたが、工場建設前にはボーリング調査を行いあらかじめ土壌の汚染状況を把握しました。そうしたら、1950〜60年代の地層から有機水銀農薬の影響ではないかと思われますが、水銀が検出されました。自社の工場を造る前に(土壌の汚染状況を)調べておいてデータを残し、当社が原因ではないことの証拠としたわけです。

 蛍光灯処理工場建設にあたって、水銀の排出について大阪市からかなり厳しい注文を付けられました。また、大阪府には横出し規制による水銀の排ガス規制があったので、適用されることになりましたが、逆にこれが会社にとってはとても助かりました。別に、蛍光灯リサイクル工場では、焼却している訳じゃないのですが、処理工程から水銀が出るので、除去してから排出しなければならないということです。その頃、環境省が指針値(有害大気汚染物質の大気環境濃度の指標値)として、40ng/m3(年平均)を設定したので、大阪市からは敷地境界でそれを守るように、と言われたのです。

 かつて、大阪市内の水銀薬品の製造工場の周りから苦情が出たこともあり、神経質になっていたのでしょう。工場内は作業環境管理濃度として基準がありますが、外に出てしまったら何の規制もないので問題になった、という経験から、当社には厳しい注文が付けられ、念書を書くように言われました。そこで、我々は「これを守ります」という念書を書いたのです。今考えれば、かえって横出しの規制があって助かりました。関西工場の処理規模で計算すると敷地境界で40ng/m3を守るためには、排気口の水銀濃度を0.1mg/m3以下にすれば十分でしたが、自主基準値として0.025mg/m3という値を設定しました。

U.含水銀廃棄物処理と受入状況

○含水銀廃棄物とは


 乾電池と蛍光灯で入荷する廃棄物の6割を超えています。蛍光灯には、放電管などランプ類が加えられています。体温計などは昔に比べて少なくなっています。忘れた頃に入ってくるといった程度です。水銀整流器というのは交流を直流に変える装置で、関西から関東に電気を送電する際には、60ヘルツを50ヘルツに変えなければならないので整流器を使っていたのです。整流器の大きいものだと、1台から100kgくらいの水銀が出てきました。今では懐かしい廃棄物の一つです。水銀整流器の小さいものが、川崎にある東電の電力館に展示されています。当社から、水銀を回収・浄化した装置を返却しました。そのほか、旧国鉄関係からもずいぶん水銀整流器が出てきました。昔は直流モーターを使っていたためです。

 水銀非使用廃棄物というのは何かというと、水銀を使用していない工場から回収された廃棄物です。化石燃料や鉱石に、硫黄分が入っていれば、硫黄量に応じて水銀が含まれています。化石燃料を燃やしたり鉱石を製錬すると水銀が出てくるのです。非鉄金属の製錬工程で出てくる汚泥から回収している水銀が全体の9割を超える量となります。乾電池や蛍光灯は廃棄物の量としては多いが、水銀濃度が低いため、当社における水銀回収量としては1〜2%程度のわずかな量です。石油・天然ガス関係は、かなり入っているはずなのですが、ほとんど当社には出て来ません。野村の処理費は高いから、ということなのか、どこかに捨ててしまっている可能性もあると思われます。

○焼却炉と水銀

 一般廃棄物焼却施設では意識して水銀廃棄物を混入してはいませんが、焼却炉で水銀吸着剤を真面目に使用している自治体があります。それは、大阪府内の一般焼却施設で、2年に一度水銀吸着剤を交換している焼却施設があります。交換時には吸着剤の表面は水銀がぎらぎらしているほどです。水銀吸着塔から吸着剤を全部抜いてイトムカまで送って処理しているわけですが、その費用は、交換費、輸送費および処理費を含めて100万円弱で済むのです。東京都で問題の起きた焼却施設は、水銀除去設備も付けずに、なまじ水銀測定器を付けたので今回のような問題に発展したのではないでしょうか。

 足立工場では、水銀に汚染された廃棄物の処理など設備の交換等に2億円以上かかったということですが、その廃棄物処理は当社のみ可能であるから営業担当に行くように言いました。ところが、営業が行ってみると、水銀に汚染されたものは、すでにどこかに処分された後で、商売にはなりませんでした。当社は、水銀廃棄物処理だけでなく、水銀汚染物の除染に関する技術も持っております、行動前に相談して頂ければ、適切なアドバイスができたのに、と考えている次第です。

 焼却炉等の水銀の除去に関する特許については、毎月検索して状況把握に努めています。毎月10件前後ヒットしますが、熱心に特許出願しているのはプラントメーカーとセメントメーカーです。彼らは水銀にかかわらざるを得ないからです。でも、特許の中で具体化できるのでは、と思える案件は1年に一つか二つあるかないかです。実施例がなく机上の空論で終わっている案件も見受けられます。ラボの実験で除去できても、実機に移るとこんなはずではなかった、という例も多々あると思います。

○重要な処理試験

 次に、原料の処理試験フローを説明します。当社では、水銀廃棄物と呼ばずに水銀を回収するための「原料」と呼んでいます。この工程はきわめて重要で、下手をすると赤字になってしまうからでなんです。実際に原料を受け入れる前にサンプルを頂いて処理試験を行ってみる訳です。

 水銀を含む廃棄物には、水銀以外にも有害物質が随分入っていることが多いのです。水銀以外の有害物質もあらかじめ明らかにする必要があります。水銀以外の有害物質も(基準があるものは守らないと)ペナルティとなるからです。また、試験を行って、水銀除去プロセスで余計なものが出ないかをチェックするという目的もあります。

 単純に水銀は加熱すれば揮発して除去できると考えられていますが、温度が高すぎると水銀が抜けない場合もあるので、水銀の量や質に応じて処理方法を検討する必要があります。温度を一定にして焙焼するのか、低い温度から次第に上げていくのか、などを検討します。蛍光灯などは600℃を超えるとガラスが軟化し水銀を包み込んでしまい、水銀が抜けなくなってしまいます。ですから、580〜590℃でうまくコントロールして焼かなければなりません。

 どの程度の温度で何時間焙焼すれば、水銀がよく抜けるのか、どの炉を使うかなどを子細に検討しないとうまくいかないものなのです。処理時間が長くなるということは処理量が少なくなるのでコスト(処理単価が上がる)が掛かってしまうことになります。また、どの廃棄物と一緒に混ぜて処理するかなどの検討を行い、処理の順番も重要な検討項目となります。例えば、スラッジ単独では水銀の抜けが悪い場合、それ以外のものをどう混ぜると抜けが良くなるか、どういう順番で行うかなども細かく検討する訳です。また、サンプルで頂いたものが、実際送られた原料の中身と同じかどうか、再度チェックするため、入荷後にも試験を行います。処理した焙焼滓を最終処分せずに客先に返還する場合は、溶出試験は行わず、お客様から求められた濃度以下になっているかどうかを確認し、発生元に戻すようにしています。

 私自身こうした試験は、新規の廃棄物について200〜300種類行ってきました。この中には有機水銀も入っていたので、その処理技術も開発しておりますが公表はしておりません。

○野村興産における原料の処理フロー

   原料⇒前処理⇒焙焼処理⇒焙焼滓⇒溶出試験⇒最終処分(返却)

○処理試験の流れ

   @ 原料分析 → A 焙焼試験(前処理方法・焙焼温度・焙焼時間決定)
      →  B 焙焼炉選定 → C 処理計画提出

○ヘレショフ炉(廃棄物の焙焼施設)処理工程

 炉内には6段の床を持ち、各炉床上に攪拌用の腕が配置され、それぞれが回っている構造となっています。

 1段目が外側から内側に、2段目が内側から外側に原料が落ちていくような構造になっていて、4段目のところにバーナーがついていて、焙焼温度を管理したり、回転速度を管理しながら焙焼条件を容易に制御できる炉です。焙焼により気化した水銀はコンデンサで凝集し、スートとして回収します。

 後段に付いている脱M(Mercury)塔では水銀を添着炭で吸着し、浄化した排ガスを煙突から出します。廃棄物中の水銀濃度が低くなると相対的にこの部分の水銀回収割合が多くなります。こうしたプラントの各部分の設備の設計や組み立てなどは、独自に開発したもので、プラントメーカーには部分的な装置を造らせますが、任せることはしていません。

○ロータリーキルン(廃棄物の焙焼施設)処理工程

 これも、自前の技術で設置したもので、主に乾電池などの焙焼処理に用います。設計した時には、汚染土壌で水銀濃度が平均100ppmを超えるものであれば、急冷塔で大部分の水銀が取れると考えていましたが、実際のところ、水銀濃度が低いため脱M塔での回収量が最も多くなっています。吸着剤も独自に開発して使っています。

 建設時期には廃掃法が変わり、維持管理基準も次第に厳しくなりました。法律には水銀の排ガス規制はないけれど、「自分で自主規制値を決めなさい」ということで、水銀の自主基準値を0.04mg/m3としました。先のヘレショフ炉にはそうした自主規制値の設定は求められていませんでしたが、一応0.1mg/m3を目標にして運転しています。

 ロータリーキルンは、水銀濃度が低く大量に処理しなければならない時に用いるものとし、乾電池、汚染土壌等を処理対照物として許可を取っています。

蛍光灯処理工程
 
 当社は蛍光灯の処理は主に湿式法で処理していますが、一般的には湿式法はスラッジが出るので処理費が掛かる、との理由でほとんどが乾式処理となっています。湿式洗浄で水銀を回収し、そこで発生したスラッジ等を焙焼処理しているため、焙焼工程の前処理のような位置づけです。

 今、全国に十数社蛍光灯のリサイクル施設がありますが、たぶん、実際は許認可する自治体が水銀の除去や処理のことは何も言ってない(規制をかけたり監視したりしていない)と思います。ガラスのリサイクルをしているのだから、と水銀は影に隠れているようです。それじゃ、蛍光灯処理して集めた水銀をどこへ持って行っているのか、と尋ねると「輸出している」というのです。研究者もそういう資料を載せているが、輸出の実績はひとつもないのです。

 なぜかというと、実際には水銀は売るほど取れていないのです。処理量が少ないからかも知れませんが、報告している水銀のバランスを見ていると、回収率が6割程度であることは我々が見ると分かるわけです。水俣研究所で開発されたという水銀処理装置も随分売れたようです。蛍光灯のガラスなどから水銀を回収できても、水銀ガスの吸着剤や蛍光灯の樹脂類の処理はかなり難しいようです。結局は、コンクリート固型化という方法があるので、そこに合法的に逃げているのではないかと思います。

 ある蛍光灯処理会社の話ですが、「うちは、作業環境濃度を0.01mg/m3にして十分守っている」と言うのですが、「作業環境基準を守っても、周辺住民には関係ないでしょ」と反論される次第です。このように蛍光灯リサイクル事業者の指導については、自治体によって大きな温度差があるのです。

 昔、東京都で1社だけ蛍光灯のリサイクルとして、許可を得た会社がありました。土地が高くなったので、今マンションになっていますが、蛍光灯メーカーの工程不良品を集めてガラスのリサイクル処理している会社でした。その工場の許可の条件に「出てきたスラッジ等は野村興産に処理を委託すること」と一筆書いてあったので、水銀の処理は当社で行っていました。しかし、他の自治体には一切そうした条件がないので野放し状態です。

V.水銀の出入状況

○廃棄物の入荷状況


 さて、乾電池の入荷状況についてですが、最近は12,000〜14,000t/年となっています。工程不良品の入荷が減少したため産廃は少なく、9割が一廃です。乾電池の推定回収率は販売量対して30%程度であり、あとの7割は、どこかに捨てられていることになります。

 乾電池の中の推定水銀濃度変化について、特定の自治体から入荷する乾電池の検査を継続して行っています。乾電池が「水銀ゼロ使用」になった頃に、300ppmを超えていたこともありましたが、昨年度の調査結果は高い方が50〜60ppm、低い方は10ppm前後にまで下がっています。ボタン電池は水銀ゼロ使用になっていません。それが混じりこむと濃度は高くなります。

 中国製の電池は、日本向けに製造されたものは水銀ゼロ使用ですが、まだ中国では10〜20tの水銀が乾電池用に使われているという情報が入っています。電池を組み込んだ製品には水銀が含まれているものがあるかも知れません。

 蛍光灯の入荷量は、8,000〜9,000t/年になっていますが、乾電池より回収率が悪く、産廃から出される割合も結構高いのです。推定回収率は15%程度にとどまっています。乾電池と同じレベルの水銀濃度ですが、回収率が低いので、蛍光灯からばらまかれている水銀量の方が多いのではと思います。

 蛍光灯に関しては、電球工業会が蛍光灯に入っている水銀量データを公表しており、我々も分析していますが、40Wの蛍光灯で7〜8mgの水銀が含まれています。また、蛍光灯もスリムになってきており、250g/本程度だったものが200g/本と軽くなってきています。これから逆算すると、蛍光灯の水銀濃度としてはそれほど減っていません。なまじ蛍光灯を集めるから水銀が数値として出るのであって、適当に投げていれば(集めなければ)適度に分散するから良いのでは、などと話す役所の人もおります。

 乾電池と蛍光灯の回収自治体数を示したものが次のグラフです(2010年国内自治体数は1,747)。昨年度は乾電池が810、蛍光灯が693自治体から入荷しました。熱心な自治体は乾電池と蛍光灯を一緒に集めています。東京都23区の中では4区ですが、多摩地区の方が熱心に回収しているようです。乾電池が注目された時も、最初に分別・回収、処理を依頼してきたのは多摩地区の自治体でした。

 当社への原料の入荷量は26,500t/年で、その内訳は、乾電池が約50%、蛍光灯が25%程度となっています。水銀量で見ると、スラッジ類からの回収が92%、乾電池が2%、蛍光灯が1%程度です。この水銀回収割合の理解が多くの人に難しいようです。

 今回の東日本の大震災で被害地域を回ったところ、「22年度は出せないが、秋ごろまでには収集を始めるので、来年度にまた出します。」との回答を頂いています。乾電池や蛍光灯を有害廃棄物として熱心に取り組んでいる自治体は継続して実行いるようです。

○リサイクル品の出荷状況

 水銀のリサイクル品の国際的な取引は、金属水銀を34.5kg(76ポンド)充填した鉄製容器がひとつの単位です。国内では、5kg、1kg、500g入り瓶(ガラス製、ポリエチレン製)も使われます。

 そのほかに、無機水銀試薬等の水銀化合物の取引もあります。無機水銀試薬は多いときには、1,000kg程度製造していましたが、今は年間100kg程度です。水銀化合物としては、試薬を含めて10種類程度製造していますが、試薬以外で最も多いのは銀朱と称する硫化水銀です。5種類の基本色があり、微妙に色の違うものが要求されるので手間がかかります。漆塗りや文化財の補修、油絵具などに用いられますが、ヨーロッパには朱をつかう文化がないのでこれも輸出禁止の対象となるようです。

 アマルガムは水銀の合金で固体です。蛍光灯には液体の水銀を入れていましたが、10mg以下の量を正確に入れるのは困難になります。電球型の小型の蛍光灯などにはアマルガムが使われるようになっています。

 当社では、2002年まで水銀の輸出はほぼゼロでした。それは、価格が$100/本 (34.5kg鉄製容器入) 程度で値段が安く到底輸出できなかったのです。輸出を停止している間に当社では約500tの水銀が貯まりました。その後相場が上がってきたので輸出量が増えました。毎年100t入って、100t輸出していると言われていますが、在庫分を輸出したため100t以上の実績となった訳です。2010年度輸出量は約65tでした。今は相場が上がっており、売りたいところですが、在庫が僅かになっており、水銀としての入荷量は50t程度になりました。

 EUでは、3月から水銀輸出禁止措置をとっているのですが、ヨーロッパの水銀商社はあきらめていません。彼らは世界中に倉庫を持っているため、EU圏外からの水銀輸出入が可能です。当社にも購入依頼があり、東南アジアの○○まで輸出を、といわれますが在庫が少なくなっているため、応じることはできません。この辺の情報は専門家の方々には全く入っていないようです。

W.水銀輸出規制に向けて

○水銀の長期保管費用

 水銀が輸出禁止になった場合、余剰水銀の保管コストを試算してみました。期間は50年間で保管量は1,000tの条件です。年間20tずつ余剰水銀が出てくるという仮定です。金属水銀を耐火性の専用倉庫に保管した場合、水銀1kgあたりの費用は約1,000円です。内訳は、施設建設費に150円、加工費用が700円、維持管理費が150円 です。

 もうひとつの方法は、水銀を硫化水銀にして長期保管する方法です。これは、専用の遮断型処分場をつくり、紛体のまま保管します。この場合、水銀1kgあたりの費用は約3,000円です。内訳は、施設費が100円、加工費が2,750円、維持管理費が150円です。現状の銀朱(硫化水銀)製造原価を用いたものですが、色調整の必要がないので加工費を1,000円以下にするのが課題です。

 保管費用を乾電池や蛍光灯で見てみると、これらの水銀含有率は50ppm程度です。つまり、廃棄物1tあたり50gの水銀が含まれていることになります。金属水銀で保管する場合の費用は水銀1kgあたり1,000円ですから、1/20の50円が保管費用として現状の1tあたりの処理費に上乗せされることになります。硫化水銀として保管する場合は、1tあたりの処理費に150円上乗せされることになります。最近、水銀が輸出禁止になると野村の廃棄物処理費が高くなるので委託できない。それなら、排ガスには水銀規制が無いので燃やしてしまえば良い、などという噂が流れているようですが、試算の結果を見れば乾電池や蛍光灯については心配するレベルでないことが分かると思います。

○水銀の長期保管実施に向けて今後重要なことは;

@水銀を含んだ廃棄物の処理指針を明確にすること


 現在は、水銀の焙焼施設以外にはそういう指針は出されていないのです。ですから、焼
却施設であっても処理有害物の項目に水銀が入っていれば、水銀混入廃棄物の処理が可能となります。そのために水銀の処理施設をつけなさいなどとは言われないわけです。ほとんどの施設に水銀処理施設が無いのが実態です。どうせ水銀なんか大して入っていないのだから、環境中にばらまいておけばいいと考えられているのです。

A廃掃法から水銀のコンクリート固型化処理を削除すること。

 実際に蛍光灯の粉をあつめてコンクリートと混練りして処理すれば水銀は溶出しないということですが、コンクリート固型化で安定な水銀化合物ができる、という報告を見たことはありません。家電リサイクル法では、バックライトの処理法からコンクリート固型化が削除されました。

B排ガスの水銀規制を導入すること。

 横出しの規制をしている自治体(大阪府のように)もあるのだから、そこは法制度化すべきです。ダイオキシン規制の前に排ガス中の重金属規制の検討が始められたようですが、
ダイオキシン問題優先で、頓挫してしまったようです。

C水銀の保管費用の一部は国も負担すること。

 指定保管所になったら儲かるだろうといわれていますが、初期の建設費を負担して50年かけて回収するのでは商売になりません。初期費用や維持管理費用は国が負担すべきです。アメリカは4,000t以上の水銀を保管していますが、民間に委託し、その費用は国が負担しているのです。全費用を排出者が負担せよ、ということになると、環境の問題よりも廃棄物処理費用に目が向くようになります。民間企業と自治体の協力で国内の水銀回収システムが作られてきたわけですが、水銀輸出禁止がこのシステムをゆがめて、国内に水銀をばらまくことにもなりかねません。

                      ●質疑応答●

1.水銀回収量が一番多かったのは?

⇒スラッジつまり非鉄製錬滓です。亜鉛や鉛の製錬から出るスラッジ類は水銀濃度が高い。化石  燃料にも硫黄分が入っているが、入荷実績は殆ど無い。一般に、硫黄濃度が高くなると水銀濃  度も高くなると言われています。一般廃棄物からは年間1t程度、電池と蛍光灯が主な発生源。

2.現在回収率の低い蛍光灯を全部集めたとしたら水銀はどのくらい集まる?

⇒2.5tと推定しています。国はこの程度の水銀量は問題視していないようです。

3.電気屋さんは?

⇒電池工業会は家電販売店等でボタン型電池は集めています。その処理委託業者は野村になっ  ています。しかし、一般乾電池は水銀ゼロ使用となっているので集める必要は無いというスタン  スのようです。

4.国際水銀会議では体に悪いから売らないように、使わないようにしようということだが、   水銀を使わなくてもできるのか?使わなくなるということは可能か。保管するだけというと  科学技術史的に位置づけるのはどうなのか。
  コントロールしながら使うことが可能なのか?


⇒水銀を全く使わない器具類をつくるのは可能。例えば、蛍光灯はLEDライトに変えれば良いと言  われているが、まだまだ40W蛍光灯クラスで安くても1万円程度するのでコストを考えるとそう簡  単には換えられない。完全転換にはかなり時間がかかりそう。セブンイレブンはすべての店舗の  証明をLEDに変えることを表明していますが。

  とはいえ、世の中から水銀が無くなることはありません。化石燃料や鉱石原料を使えば出てくる  ので、水銀が使われなくなれば余剰分は長期保管することになります。また、国内では統計に  は出ていないが、測定の媒体として使われている水銀があります。これらの代替品は見つかっ   ていないようです。水銀を使う機会を減らすことはできるがゼロにすることは難しいと思います。  水銀をコントロールしながら使うことは十分可能と思われます。超伝導研究の先駆けは水銀であ  ったことを考えると、まだまだ歴史から除ける元素ではありません。
      
5.御社で60t毎年処理しているとのことだが、処理されるべき量はどれくらい?

⇒実際にばらまかれている水銀の半分に過ぎないと思います。化石燃料から出る水銀はかなりの  量と思いまずが、表面上は出ていません。専門家の研究会等で出している数値は一桁少ない  のでは、と考えています。

6.水銀処理をしている会社は他には?

⇒ヨーロッパで2社程度、アメリカには3、4社ある。ヨーロッパでは岩塩採掘跡(ドイツ)を地下倉庫  として硫化水銀を保管し始めています。2009年ドイツは世界で第二位(推定250t)の水銀輸出国  でした。一位はアメリカ(推定500t)、日本が第三位で100〜120t。

7.日本にどれくらい余剰水銀があって、これからはどう使われるのか?輸出される可能性   があるのか?日本政府と野村興産のポジションはどう違うのか?

⇒保管されている水銀は推定で、100〜200tではないかと見ています。輸出禁止の直前になると   当社に買ってくれ、と言ってくるものが増えると思います。輸出禁止になった場合は輸出を止めざ  るを得ません。まだ、法制度化されていないので、それまでは使用目的を可能な限り確認して輸  出は続けると思います。長期保管費用負担については全く検討されていませんし、その前の検  討課題は多々あります。

8.東京23区の事件の原因だが、事業者犯人説はあり得ることか、血圧計とか廃液とか、
  ありがちなのか、ほとんどありえないのか?


⇒まず(そういうことは)なかったと思います。もしかすると、愉快犯の仕業かもしれない。個人で結  構水銀を持っている人がいる。それを処分に困っているからと言ってやる人がいるかも知れませ  ん。戦争中に活躍した水銀軟膏などを記念に保管していた  人がいるかも知れないし、水銀に  ワセリンを入れて練れば出来ます。

  あとは、消毒剤として水銀化合物が錠剤になっていたものもありましたが、それを炉に入れると  機械が腐食するため、かなり目立つし入れるのは難しい。

  血圧計は使っていると頭の部分が黒ずんでくるので、半年に1回程度水銀を入れ替えています。  交換業者が瓶に入れて保管していた可能性もある。200g程度の水銀であれば僅かな量だし目  立たない。試してみるかどうかで、やったかも知れません。

9.石炭火力からも出ると思うが、石炭火力発電所にも規制はないが、焼却炉にも規制は無  い。どのような状況なのか?

⇒石炭火力については、電力中研等で石炭中の水銀濃度を調べているが、アメリカのEPAのデー  タ数に比べると1/100程度。アメリカは石炭中の水銀濃度・形態を広く細かく調べています。日  本ではそうしたデータは出てきません。パニックになるからと心配しているのかも知れません。

  PRTRでも石炭火力からは出ていない。逃げ道として原料にはこれだけだから出ていないという  ことになっているようです。水銀含有ゼロではないので、除去しているのであれば処理業者に来  るはずですが、処理依頼はありません。石油・ガス関係では、北海道と秋田の天然ガス田から2  〜3年に一度水銀吸着剤の処理依頼が来ています。一部石油メーカーから水銀スラッジの処理  依頼が不定期に来たことがあります。

10.環境省はバックグランド濃度を沖縄で測定している。金属水銀は遠くまで飛ぶといわれ  ているが、中国の石炭火力からの影響ではなどと言われているが、どうなのか?国内   の規制がないのだから結構国内の発生源が原因ではないか?

⇒ガス状水銀はそんなに遠くまで飛ばないと思います。微粒子に付着した水銀の方が遠くに飛ぶ  かも知れません。
  環境中の水銀の連続測定器の設置場所が悪いと思います。地上1〜2mには設置されずに学  校の屋上等高いところばかり。地上1〜2mの水銀濃度は、天候に左右されます。雨が降ると、  水銀濃度が一桁程度高くなる傾向があります。自分達に都合の良いデータは晴れた日に取り、  都合の悪いデータは雨の日に取りなさい、と言われるくらいです。10〜20mでは地上より1、2桁  程度低くなります。このようなデータを元にしているから40ng/m3という指針値が作れたと思いま  す。

  作業環境の水銀濃度が高くて困ったと、蛍光灯の処理工場から相談を受けたことがあります。   縦方向、横方向で1mのマスを刻んで、25cm、50cm、75cm、1mと上に行くほど濃度は低くなっ  たが、天井に近づくとまた高くなりました。これは奇怪しいと言うことで調べたところ、上部で水銀  濃度が高いのは梁等の蓄積した蛍光粉の影響でした。対策として、床面の浄化と梁等の清掃・  浄化を指導したら管理濃度の0.025mg/m3をクリアしました。

11.国の報告書などをみても環境中水銀濃度が異常に低く抑えられているのではないかと  いう気がした。なぜ国はそういうことをするのか?

⇒排ガス規制の必要は無い、という保険のためのデータ取りとも思えます。地上付近はどうか分か  らないが、10〜20mの高さではこのレベルです。というわけで、データを低く抑えているわけでは  無いと思います。

12.放射線と同じように水銀に関しても政府は安全、安全と言っているが、実際は安全では ないのでは?命にかかわるようなことを行政にされているのでは?

⇒無機水銀はだいたい70日で半分が対外へ排出される。酒飲みは呼気から水銀を出しやすいと   言われています。作業環境の管理濃度(0.025mg/m3)は、労働者が毎日作業をしても、健康に  影響が出ない濃度、として設定しています。環境中濃度が指針値40ng/m3 の100倍程度にな  っても、健康に影響は出ないと思います。

  旧イトムカ鉱山では、辰砂だけでなく金属水銀も産出していたので、坑内労働者によっては水銀  蒸気による中毒により手が震える(水銀中毒の特異症状)症状が出たと聞いています。そのよう  な人の尿中水銀濃度は4mg/L程度でしたが、当該現場から半年程度離れると10μg/Lのオー  ダーまで下がっていた、とのことです。一般人の尿中水銀濃度は5〜10μg/Lと言われていま  す。また、日本人はマグロを食べるので欧米人に比べて濃度は高いとも言われています。

講演録作成:池田こみち(環境総合研究所)